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今日もLove Spiritual Peaceでシェアを行った。
その中で、一番小さな参加者が日頃から創造の意思がない行動にどう対処するかが問題になった。
この対処についてこれまで考えていなかったことがいかに自分自身が責任をもとうとしていなかったか知ることになった。
逆に言うと、あらゆる状況や出来事に対する言動の結果生まれる創造について、自分が責任を持ってやる覚悟のないことがいかに無責任か、人任せか、そのことに気付かされた。
また、ある探究者がこの問題の対処に対して思いつきの発言し、その本人自身が具体的に対処することを考えていないという出来事も起きた。
そのことから、自身の発言に責任を持たず人任せな姿勢は、結局は仲間に対して不調和と滞り、混乱を生み、結果、自身を含めた全員が不利益を被ることを知ることができた。
今後、このようなことが起きた時、自分だけではなく周りのことも考え、どうすることが全体の利益になるかを考えることが大切であると。
さらに師の縁からエッセンスをいただいた。
仲間間で起こった課題の解決についてどう対処しようか真剣に考えていない。
それは共同体として、親側として、創造者側として、運営側として、責任を持って創造することを考えていないということ。
これは私自身なりに置き換えれば、社会を作り出すとか、会社を起こすとか、グループを成り立たせるとかそういうことに責任を取らず、ただ言われたことをやるだけの主体性のない指示待ち人間であると言うこと。
この主体性のないあり方は創造者とは程遠いあり方であり、自ら人生を作り出さないと言う姿勢だと思った。
霊的にいえば、自身が創造主であることを思い出す歩みから離れる行為であると言うこと。
映画『マトリックス』で、最初ネオはマトリックスの中でその虚構世界での役割を気づかず演じていた。
しかし、モーフィアスの導きにより、最終的にはマトリックスだけでなく、現実世界においても、クリエーターの想像を超え、自らの思いを創造・具現化するまでに至った。
(スミス(自我)のコントロール下に置かれそうになった自身を自らの力で打ち破り、逆にスミス(自我)をコントロール下におき、消滅させた。)
これは、ネオが最後まで自らの力(光)を信じることで成すことができたのだ。
私はこのように自らの力を信じず、力を他者や他のものに明け渡し、自らの創造を放棄していたのだ。
いかに他者の問題とも思えるものでも、自身の問題として捉え、解決へ向けて取り組むことが大切かを、このシェア中に高位の自己から与えられた具現により知ることができた。
すべてはワンネスであり一心同体である。
特に霊的引き寄せにより集った共同体である、Love Spiritual Peaceであればとても密接。
そして、さらに縁から、目の前の出来事を受け入れない事は、”全ては自分が創造している”という真実に対して自身を明け渡さないことであり、我のまま、自身の欲求のまま、闇のまま生きるということであることを教えてもらった。
自ら責任をとること=光として蘇っていくこと。
そのことを教えていただいたシェアでした。
dozenと探究者のみんな、そして、高次達に感謝。
Love Spiritual Peace HP 『 Love Spiritual Peace 』
dozen/Ren ブログ 『 Lotus Diary〜Ripe Of Source/dozen〜 』
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